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瞑想とマインドフルネス

満月の夜にトラタカ瞑想

月と瞑想

みなさんは月を見ることは好きですか。毎日のように月を見るという方もいらっしゃるかと思います。糸のように細い月や三日月、満月など満ち欠けによってカタチを変える月は私たちを魅了します。

月は不思議です。たった数秒でも心が浄化されたように感じます。

日本においては平安時代から月を見つつお酒を飲んだり、和歌を詠んだりと月を愛でる時間を楽しんできました。お月見の風習は今でも続いていますね。

今回ご紹介するトラタカ瞑想は、心をしずめて思考をリセットできる効果があるといわれています。

月を見ながら行うトラタカ瞑想で、視界をコントロールして心と体をリラックスさせる時間を作りませんか。

トラタカ瞑想とは

不要なものを手放し、頭の中を整えてくれる瞑想。

瞑想はわたしたちの心と体の健康や、日々の暮らしをよりよいものにするための手段のひとつです。

トラタカ瞑想とは定められた一点を見つめて意識を集中させるヨガの伝統的な瞑想方法で、凝視するという意味を持つサンスクリット語の「Trataka(トラタカ)」が由来です。

トラタカ瞑想は呼吸や感覚などに意識を向けるマインドフルネスとは違い、「視覚」に集中します。

対象物である一点をじっと見つめるため、心が集中する瞑想の感覚を体験しやすいとされています。

情報の約8割は視覚で受け取っている

私たちは日々の暮らしの中で情報の約8割を視覚から受け取っています。

2024年1月時点でのスマートフォンの普及率は97%と、多くのひとがいつでもどこにいても色々な情報を得られる便利な時代となりました。

しかし知りたい情報だけではなく、自分に不必要な情報も入ってきてしまうため私たちの脳や目は、つねに疲弊している状態です。

またデパートの食品売り場や駅など、ひとが多い場所へ行くとすごく疲れてしまった経験はありませんか。これも視覚や聴覚から受け取る情報量が多すぎて、脳が疲れてしまうことが関係しています。

視覚に特化したトラタカ瞑想は、一点に集中して目の動きを止めます。

目の動きを止めることにより情報の約8割を受け取っている視覚をコントロールして、次々と湧いてくる思考や感情も止めることができるのです。

トラタカ瞑想の方法

トラタカ瞑想は一般的にキャンドルの炎を対象として5〜10分という短い時間で行います。理由は目を閉じたあとに残像で残りやすい点にあるようです。

しかしキャンドルの炎に限らず、花や葉、月、星などの一点に集中するのも良いとされています。

トラタカ瞑想の方法を一緒に見ていきましょう。

  1. 1~1.5メートル離れた、目と同じ高さの場所に対象の物を置く
  2. あぐらや正座など落ち着ける姿勢で座る
  3. 均等な呼吸を続けながら、自分の柔らかい呼吸の音を聴きリラックスする
  4. 目にチカラを入れ過ぎないよう注意しながら対象の物をしっかり見つめる
  5. 数分見つめた後にそっと目を閉じ、対象の物を心の目で見つめる
  6. 残像が消えたらもう一度目を開き見つめる(5、6を繰り返し行う)
  7. 温めた手のひらをそっと目に当てゆっくりまばたきをする

目が痛くなったり不快感を感じたりした場合はすぐに中止しましょう。

トラタカ瞑想の効果

トラタカ瞑想を行うと目の動きが止まるため、目がかすむ、ショボショボするなどの眼精疲労が解消されます。また心を静めて思考をリセットできるといわれています。

ほかにも「今、この瞬間」に集中できる点から、以下のような効果が期待できます。

・集中力が上がる
・心をしずめて思考をリセットする
・短時間でもリラックスできるため自律神経をととのえる手助けになる
・悲しみや緊張、怒りなどのネガティブな感情を開放できる

わたしたちの身近にある月の存在

「月」と聞いて何を思い浮かべますか。

かぐや姫やお月見、うさぎ、映画「E.T.」でしょうか。

太古から月は世界中のひとびとにとって身近なものであり、神話や昔話も数多く存在しています。月を題材にした絵本や歌なども多いですよね。

じつは美しい月を眺めて楽しむお月見の由来は、中国の中秋節にあります。

中秋節とは旧暦の8月15日にあたる日に、満月を愛でながら秋の豊作を祝う中国の代表的な節句のひとつ。日本に中秋節が伝わり、平安時代の貴族のあいだに広まっていきます。

お酒を飲みながら月を愛でたり、船のうえで歌を詠んだりと月を満喫していました。

奈良時代末期に完成した万葉集や、平安時代初期につくりあげられた古今和歌集にも月を詠んだ和歌があります。

●万葉集第10巻(作者不明)

【白露を 玉になしたる 九月(ながつき)の 有明の月夜 見れど飽かぬかも】

白露を美しい真珠のように輝かせている9月の有明の月夜は、いくら見ても飽きない。
※有明の月とは、夜明けになっても空に残っている月をいいます。

●万葉集第3巻(作者不明)

【世間(よのなか)は 空しきものと あらむこそ この照る月は 満ち闕(け)しける】

世の中は空しいものだと伝えようとして、この照る月も満ち欠けをするのですね。

●古今和歌集(凡河内みつね)

【月夜には それとも見えず 梅の花 かをたづねてぞ しるべかりける】

月夜では光ですべて白く照らされて、どれが梅の花か見分けられなかったので、香りをたどって行き梅の花がどれであるかを知るべきであったことよ。

昔のひとは月を見て何を思っていたのでしょう。

詠われた和歌をひとつひとつ読んでいると、きっと現代のわたしたちよりもマインドフルネスに生きていたに違いないと思わずにはいられませんでした。

月と禅の関係

月と仏教には深い関係があります。

禅宗は達磨大師が中国へ伝え発展した大乗仏教の一派です。

仏教の開祖であるお釈迦様は満月の夜に生まれ、満月の夜に菩提樹の下で悟りをひらき、みずから満月の夜に沙羅双樹の下で眠りにつくことを選んだといわれているそうです。

達磨大師はお釈迦様の28代目の弟子にあたります。

禅とは心の中で悟りを理解することを重んじており、生まれながらにして持つ本来の自分に戻ることを目的としています。

禅宗において月は悟りの境地を示しており、悟りを開くために師匠と弟子が行う禅問答にも「月」は度々登場しているそうです。

とくに満月に悟りを見出しており、理由は円形というカタチが完全さを表すからと考えられています。

「氣は長く、心は丸く、腹立てず」

この言葉との出会いをはっきりと覚えていないのですが、わたしの心に深く刻まれた記憶があります。心が穏やかでないと感じたときに、呪文のように唱えていたことを思い出します。

とても大切にしている言葉です。

ただ今回あらためて調べるまで、達磨大師の言葉であったこと、禅語であること、もう少し続きがあったことなども恥ずかしながら知りませんでした。

あらためてご紹介したいと思います。

【氣心腹人己】

氣は長く 心は丸く 腹立てず 人は大きく 己は小さく

 「のんびりと焦らず 思いやりのある心で 怒らずに 人を尊重し 謙虚であれ」

イライラせず心穏やかに、日々の暮らしを送りたいですね。

瞑想でリラックスして月のようにまあるい心で過ごそう

今回は月と瞑想についてご紹介しました。

満ち欠けによって見え方が変わる月。新月も、三日月も下弦の月も見えている部分は一部ですが確かにそこには丸い月が存在しているのです。

次に来る満月の夜は4月13日。月を対象としたトラタカ瞑想で目をやすめ、自分の心の中を見つめてみませんか。心を落ち着かせ思考をリセットしましょう。

のんびりと、おつきさまのようにまあるい心で、なるべく怒らずに過ごしたいですね。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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