合掌のおはなし

我らは一個のか弱い生命である

2016年7月26日。悲しき事件は実行された。

 相模原障害者施設殺傷事件である。重軽傷者26名。19人の方々が亡くなられた。

 犯行理由は「障害を持っている人を生かすために、莫大な費用がかかっている」「税金の無駄だ」というものであった。

 ネットの書き込みなどでは、犯行理由に賛同する者まで現れた。もしかしたら、口にはしないがそう思っている人は、他にもいるのかも知れない。

 お金の稼げない人間はいらないのか。お金が稼げないことは、無能であり、社会的に不必要であるのか。稼げる人とそうでない人とでは、稼げる人間の方が尊いのか。

 子供が、勉強を頑張るのは何の為か。それは、良い中学、高校に進み、より良い大学を卒業し、給料の多い会社に就職する。それにより、幸福な生活が待っている。子供に勉強をさせるのは、多くの所得を得させる為と語る方もいる。

 勿論、お金は無いよりも有る方が良い。より多くあれば安心して暮らすことが出来る。しかし、それが我ら人間の目標なのだろうか。

 日本には『美徳』という言葉がある。決して『美得』ではない。
 仏教には、『徳を積む』という言葉がある。決して『得を積む』のではない。
 人間は、『得』にだけ生きてはいけない。我らがすべきことは、『徳』を積むことである。
 我らは一個のか弱き生命である。一人だけでは生きては行けない。
 互いが互いを認め合い、互いに尊重することが大切で、美しいことなのだ。

 先ずは互いに『合掌し合う』ことからはじめてみましょう。貴方の合掌が、あなたの周りの方々を幸せにするのである。